非常勤大学講師の問題を解決するために必要なこと

J-CASTに反応するのもどうかと思うのだけど、この問題、色々と思うところはある。

年収1000万クラスの教授に対し、非常勤講師は300万円以下、100万円台も珍しくない。そんな「格差」が大学内に存在している。こうした高学歴ワーキングプアの放置は「大学の荒廃につながる」と指摘する首都圏大学非常勤講師組合の松村比奈子委員長(憲法学)に話を聞いた。

高学歴ワーキングプア』でも触れられていたことだと思うが、現在のポスドクの置かれた環境の厳しさは、大学院重点化に伴う無計画な院生の増加に負うところが大きい。これに90年代の不況が「就職できないからとりあえず大学院」というルートを用意し、さらに少子化による学生数の減少が追い打ちをかけた。教員側は雇用の確保を条件に、大学の学部新設を容認し、それまでの所属学部と兼任したり、新学部に異動することになった。そのため専任教員のコマ数負担は増大する一方で、大学設置基準を満たすために、非常勤講師を使ったマスプロ授業の穴埋めも行わなければならなくなった。非常勤を何年やっても常勤ポストにたどり着けない状態が続いているのは、こうした「こうなることははじめから分かっていたのに」という構造問題が大きい。おそらく、91年の大学設置基準大綱化があって、教養課程や語学の教員の雇用が怪しくなってきたとき、彼らの首切りを行わないためにこうした方策は必要とされたのだが、結局は後にしわを寄せることになったというわけだ。

とはいえ、もう10数年も言われているこうした話を「知りませんでした」だの「騙された」だの言われても困る、という気がする。確かに超買い手市場の中で大学に抗議することは難しかっただろうが、高学歴が売りの彼らに何の「備え」もできないほど余裕がなかったとは思えない。この問題を指摘することが、本来なら大学教育に不要な人材の雇用を確保することによる、次世代へのツケ回しにしかならないのだとしたら、それは90年代に起きたことの繰り返しでしかない。

個別の事情を無視して原則論で考えると、増えすぎた院生と非常勤講師の選別が求められているのだと思う。同一労働同一賃金を原則にするにせよ、教授になれば年収1000万円というのは、年齢を考慮して増えた部分、各種大学業務などが含まれている。さらに30代常勤で週7〜8コマ、大学業務も含めて年収500万円ラインという大学もあることを思えば、大学の運営に責任を持たない非常勤講師なら、1コマ3万円くらいは妥当だろう。しかしこうした状態でフラットに競争させれば、その院生・講師の家庭の経済状況が、研究を続けられるかどうかを左右してしまう。非常勤講師の中でも、大学がにぎやかしで開講しているような、社会人などによる非専門分野の講義や、他大の専任教員を招いた講義の報酬をカットする一方、専任教員を目指す非常勤講師の研究環境を整えるような報酬体系、サポート体制はあってもいいのではないか。

いくつか具体的な案を考えてみる。

  • 講義に対する報酬の他、講義の準備にかかる各種資料費を請求できる予算枠を設ける
  • 大学図書館の利用を許可する。可能なら大学間の共通カードが使えるような体制の整備も。
  • パソコン室の利用を許可し、一定部数のコピー、プリントアウト枠を設ける。
  • 上記のサポートを受けるために、講義で受け持った分野での研究業績の発表を義務化する。
  • 上記研究成果が査読論文として掲載された場合はさらに追加での報酬を出す。

こうした体制は「ある程度」なら揃っているところもあるが、丁稚奉公が当たり前とされている分野も多い。理系は特に酷いようだ。実際問題としては、割ける予算はほとんどないだろうし、こうしたインセンティブも雀の涙程度のものだろう。いまの状況でアウトプットを強制化すれば、モラルハザードが起きることも容易に想像できる*1。だが、非常勤だけでは食えない、食えないから他の仕事をすると研究が出来ないという悪循環があり、しかし大学には予算はないというジレンマを乗り越えようとすれば、研究のためのインセンティブと、それに伴うオブリゲーションを設定し、優秀な人材が広い意味での大学にとどまれるようにした方がいい。新書ブームに色目を使って手っ取り早く単著を出そうとする院生に眉をひそめる先生方は多いが、そう思うなら彼らが研究で努力できるような体制をつくり、才能のない人には早くから一般企業などへの就職を勧めるべきだ。

概して院生は教員を「恵まれた立場」という風にしか見ておらず、現実を知らない。他方で教員は常勤に就いたとたん、院生時代の自分の苦労を自己責任に還元し、教員に吐いていた恨み言を忘れてしまう。両者を精神論以外で橋渡しする手法は、いくらでも考えられるはずなのだ。

高学歴ワーキングプア  「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

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科学者として生き残る方法

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*1:機会があればそのうち書く